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関東地方環境事務所TOPICS【地区便り】日光国立公園のきのこ>きのこエッセイ「森に潜む魔」

きのこエッセイ「森に潜む魔」

奥日光の森はやはり美しいと感じる。五月初めに中禅寺湖西岸千手ヶ浜の奥に広がる森を歩いた。ミズナラやハルニレ、カツラなどの巨木が屹立する間から伏流水が湧き出し、幾筋もの浅い水の流れとなって、静かに湖へ注ぐ。
平地の中を自由に屈曲する流れの畔は苔やシダが被い、あたりに集中するシカに食べつくされてしまったのか、春先の芽吹きもまだ少ないためか、林床の植物の薄い森の奥まで続く視界に魅入られていると、心まで吸い込まれるような錯覚さえ覚える。
「美」と「魅」は語感が似ている。そういえば「魔」という語も近い発音がある。これらの語に、何かつながりでもあるのだろうか。森の中を彷徨いつつ徒に思い巡らせる。

写真1

沖縄の小路の三叉路などに「石敢當」という小さな石の標を目にすることがある。悪鬼は道を直進するといわれ、二またの真正面の家等に鬼が進入しないようにとの魔除けなのだそうだ。が、昔友人に聞いた、分かれ道では、人は一瞬どちらへいったらよいか迷うため、そのような心の隙に「魔」が入ってこないように置くという説が好きだ。
森の美しさに魅入られて隙が生まれた魂も、「魔」にとられてしまうのだろうか。
千手ヶ浜の奥の林を歩き続けると、いきなり黒焦げになった食パン大の塊が地面に落ちていた。浅い緑の風景の中に違和感のある黒い異形が、天から無造作に降り落とされたように散らばっている。
危うい気配を漂わせる物体が、どうか心を盗ろうとして「魔」から使わされたものでないよう祈りながら近づけば、ある種のきのこの仲間のようだ。それにしても、雷に打たれたような焦げ方にもかかわらず、焼けた匂いはなく、まわりのミズナラの大木にも落雷の痕はない。

タバコウロコタケ科カワウソタケ属ヤケコゲタケは、図鑑によれば「主にミズナラの大木に発生。一年生だが幅十センチから三十センチメートル程度の巨大となる。海綿状の厚い毛の層、肉の層、管孔層の三層から成り、乾くと焼け焦げたように黒く軽く脆くなる」という。おそらく黒いきのこはこれだろうと納得したつもりだったが、森の「魔」につけいられる心の隙ができたのか、森の美に、もっと魅入られたいのか、その後幾度も千手ヶ浜へ足が向く。果たして今も霊力漂うこの地にはかつて中禅寺湖畔の霊場の一つ千手観音堂があった。日光は祈りの地でもあったのだ。

写真2

「祈り」といえば6月上旬の夕べ、宇都宮市内の松が峰教会を訪ねた。私は仕事で日光国立公園の自然の保護と風景の魅力を探り、その利用を進める仕事等に関わっている。その関係でお世話になった元宇都宮大学の先生からご案内をいただいた、宇都宮第九合唱団と教会によるコンサートがあるからだ。演奏曲目のガブリエル・フォーレのレクイエムは天上的な美しさとたたえられる音楽で大好きな曲だ。
開場時間まで相当余裕があったので、オリオン通りのアーケード街を歩くことにした。丁度軽音楽祭が開催中で夕暮れの商店街にはジャズが流れる心躍る風景があった。
しばし音楽に身を委ねようと歩を進めた胸先に、さっと、呼び込みのお姉さんが絵葉書を差し出してきた。笑顔に誘われ、ジャズステージ向かいの画廊で一時過ごすことになった。きれいなシルクスクリーンの版画の絵にこめられた作者の意図など小一時間ぐらい説明を聞いただろうか。高額な絵でありながら、購買心をかき立てる言葉の巧みの連続に感心した。 大衆居酒屋も好きだといったお姉さん、延々と楽しい話を聞くだけで、教会コンサートの開演直前の時間に気づいて慌ただしく立ち去ってしまいました。ごめんなさい。

さて、大谷石による壮麗な大建築の聖堂は歴史の威厳を表し、去年指定七十年を迎えた日光国立公園より更に二年古いという。
祈りの合唱に浸り、敬虔な気持ちに包まれれば、中央通りから県庁方面へと帰路をとり、緑滴る街路樹のしめやかさに、宇都宮がこんなにも詩情あふれる町だったと気づかされた。
霊的な森の美を持つ奥日光の風景の魅力は、松が峰教会の荘厳な聖堂で天上の音楽に触れて感じた宗教的な祈りの世界に通じるところもあるのだろう。国立公園の美の極致が、このような宗教的な世界ときっとつながりがあるだろうことを探りたい心は、日光修験の行の世界も垣間見たい思いにとらわれる。
鮮やかなレンゲツツジの赤色に染まる前日光の連嶺を、一日、山伏に付いてまわった。その深秘所で焚かれる採灯護摩に、森の魔も遠ざけられていく。つい先日カトリック教会堂で祈りの音楽に感動した心ではあるが、護摩の炎に思わず手をあわせた。宗教の定まらぬ破戒の求道者に、救いの道が遠いであろうことは気づいているのだが。

小沢晴司 記

(fooga 2005年7月号掲載)


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