アクティブ・レンジャー日記 [関東地区]
南アルプスとニホンジカ問題 その3
2019年12月02日みなさん、こんにちは。
南アルプス自然保護官事務所の本堂です。
2週間にわたりお伝えした「南アルプスとニホンジカ問題」も今回で最後となります。今回は南アルプス国立公園でどのようなニホンジカ対策が行われているのかお伝えしたいと思います。
1.防鹿柵の設置
防鹿柵(ぼうろくさく)とは、ニホンジカの食害を防ぐための柵です。防護柵、シカ柵、植生保護柵とも呼ばれます。南アルプス国立公園に設置されている防鹿柵は大きく3つに分けられます。
■夏季(初夏から晩秋のみ)設置、¨季節型¨
杭の中にポールを差し込み、ニホンジカが噛みちぎれない繊維のネットをポールにかけます。積雪量が多く、設置したまま越冬すると雪圧で杭やポールが曲がってしまうので、初夏に立ち上げ作業、晩秋に撤去作業を行います。主に北岳や荒川岳、茶臼小屋周辺に設置されており、南アルプス地域の中で最も多い形です。荒川岳にある防鹿柵は登山道を横切って設置されているため、開閉できる扉が付いています。
■背の低い¨こたつ型¨
設置方法は季節型と同じです。写真は撤去時で、ネットが上がっています。他の柵に比べて背が低いため、景観への影響が少ないです。主に北岳や荒川岳に設置されています。
■1年中設置可能¨金属製柵¨
季節型やこたつ型と異なり、立ち上げ・撤去作業は不要です。ただ、雪圧で曲がってしまうので、メンテナンスは必要です。融雪直後でもすでに柵があるので、天候が悪くて立ち上げ作業ができない場合でも問題ありません。主に三伏峠や聖平に設置されています。
柵の効果について
この写真は聖平に設置されている柵です。柵内外で比べると一目瞭然。柵内は背丈が高く、多くの花が咲いているのに対し、柵外は刈り取られた芝生のようです。
この柵は南アルプス地域で最初に設置された柵です。かつてはニッコウキスゲが群落を作っていた地域ですが、ニホンジカの食害により消失。柵設置から4年後に株が発見されました。群落になるまではまだ時間がかかりますが、効果はしっかりと確認できています。
2.土壌流出防止策
前回の記事で土壌流出についてお伝えしました。南アルプス山域でもニホンジカの食圧や踏圧によって土壌流出している地域がすでにあります。最も被害が大きい場所が塩見岳東峰直下です。
左)奥は裸地化した斜面、手前は過年度マットを敷いた斜面
右)マット設置のようす
急斜面になっており、緑がない部分が目立ちます。塩見岳では土壌流出を防ぐために植物の繊維で作ったマットで地面を覆う対策を行っています。マットで覆うことで土壌が流れにくくなるほか、地面の温度変化が穏やかになり、飛んできた種から芽が出やすくなる効果もあります。
3.捕獲
上記で紹介した2つはニホンジカから¨守る¨対策でしたが、守るだけではニホンジカそのものの数は減りません。南アルプスではニホンジカの捕獲に対しても積極的に取り組んでいます。環境省だけでなく、林野庁や県、市町村も捕獲を実施しています。
夏季は登山者が多いので安全性を重視したわな猟を、マイカー規制後は銃猟を主として行っています。この地帯は急斜面が多いことや気象条件に大きく左右されるので、簡単に捕獲できません。また、捕獲した個体の搬出にも費用や労力を費やします。最近は目撃情報が減っているものの、被害は減っていない。つまり、人間が歩いていけないような場所で生活している可能性が高いです。学習能力が高く、年々捕獲が難しくなっていますが、狩猟者の皆さんには頑張っていただきたいです。獲った命を無駄にせず、活用するために山麓ではジビエ料理を提供しているお店があります。ニホンジカの肉は鉄分が多く含まれ、低カロリー高タンパクなので、オススメです。
防鹿柵や土壌流出防止策を行ってもすぐ元の景観に戻るわけではなく、ましてや元の景観に戻るかどうかも分からないですが、自分たちが見た自然を後世に残すためにもこのような地道な作業はとても大切だと思います。全国で大きな被害の原因になっているニホンジカですが、彼らも生き延びるために必死です。増えすぎたニホンジカの数を調整し、人間とニホンジカがうまく共生できる日がくることを願います。