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関東地方環境事務所

アクティブ・レンジャー日記 [関東地区]

登山道は長年の利用負荷によって傷付いています。

登山道は泣いている

2024年02月14日
富士五湖 半田尚人
こんにちは。富士五湖管理官事務所の半田です。
U字工のようにえぐれた登山道
木の根が露わになった登山道
突然ですが、写真のように地面がU字工のように深くえぐれたり、樹木の根が露出してしまった登山道を見たことありませんか? 単に歩きにくいだけでなく、登山者にとって危険ですし、その土地にとっても土壌を支える植生が失われ、自然環境も破壊されて痛々しい状態になってしまいます。

今も昔も登山道で起きていること

富士北麓周辺の山に限らず、日本各地の登山道では、このような光景はよく見られます。それも今に始まったことではなく、何十年も前からずっとありました。私が学生時代に山に登っていた時もあちこちで見掛け、その度に「あぁ、歩きにくいな」「危なくて怖いな」と利用者側の目線で単純に思っていましたし、山小屋の方々などが整備してくれた登山道などを通ると、そのありがたみを感じていました。
冒頭の写真以外にも、このような場所を見たことはありませんか?
洗掘によって登山道がえぐれ、木段が崩壊している
「洗掘」とは建築・土木の用語ですが、激しい川の流れや波の影響などにより、河岸・河床(あるいは海岸・海底)の土砂が削り取られる状態のことです。これが雨や霜柱などによって山道でも起こります。削られた箇所がどんどん広がると写真のように木段が崩壊してしまう場合もあります。
草が全く生えなくなり、山頂部が裸地化している
「裸地化」というワードは 30年以上前の山の雑誌でも目にしたことがあります。土が踏み固められて硬くなり、植物がほぼ生えない状態です。わずかに植物が生えていても生育状況が著しく低く、新たな新芽は見当たりません。
 
登山道が左右に複線化してしまっている
上の写真、右側の登山道は洗掘もしており雨が降ったりして濡れると滑りそうです。こうやって道が歩きにくくなって来ると、ヒトはその場所を避けて通るようになり、やがてそこは新たな道(左側) になります。でもいずれは洗掘でここも歩きにくくなるでしょう。
深刻な複線化と洗掘によって倒れかかっている樹木
複線化」が進行して深刻な状態になった例が上の写真です。最初右側の道を登山者は通っていたのですが、洗掘による段差ができて歩きにくくなると、登山者は左側の道を歩くようになりました。しかし、そこも洗掘による浸食が進み、真ん中の木は今にも倒れてしまいそうです。

どうして荒廃が進むのか

でも、どうしてこのような荒廃が進むのでしょう。人間が歩くから道ができる。確かにそうです。
利用者が通ることで生じる踏圧
踏圧で木段横に道ができている
まず、第一の要因は、人間が歩き回ることで生じる踏圧です。踏まれた植物がダメージを受け、土が踏み固められて硬くなることで根が伸ばしにくくなる。そうやってそこに生えていた植物が死に絶えます。そして新たな種子が風など運ばれてその地にやって来ても、硬い土に阻まれ、かつ雨などで種子が洗い流されてしまうことで、そこに新たな植物が芽吹くことは出来ません。
さらに言うと、本来、土を耕してくれる存在のミミズなどの土中生物も棲みにくい環境になり、地表を通じての空気の循環も遮断されてしまうので、土の中の環境は悪化します。ますます植物は生えにくい状態になってしまいます。
さらに人間が無意識に歩きやすい場所を歩くことによって、登山道の幅が広がります。
 
そしてもう一つの要因は冬の霜柱による「凍結融解」です。皆さんも冬に霜柱を見ることがあると思いますが、地中の水分が寒さによって凍結し、地表の土を持ち上げながら成長します。(写真①)
①霜柱の凍結
②霜柱の融解
③表土の流失
それが日中の暖かさによって溶けてドロドロになります。(写真②)浮き上がった表土はドロドロの泥水となって下流に流失してしまう。(写真③) この繰り返しが冬の間に起こります。もしそこに植物があったら、適切に根に水分が蓄えられ、地表も寒さに吹き曝らされることなく、霜柱の凍結融解も抑制されますが、踏圧によって裸地化した土地では、その影響はより拡大してしまいます。
さらに要因として挙げられるのが、雨や雪などによる地表水です。大雨が降っている中の登山道はまるで、川のようになります。踏圧によって踏み固められた登山道は水が染みこむのは僅かで、かつ周囲よりも低くなっているので、辺りの水はどんどん登山道に集まり、登山道に沿って下流に流れて行きます。
登山道が川と化し、多くの土砂を削り去る
やがて水の流れが集中する部分から洗掘が始まり、溝が形成されるとより水の流れが急速になり洗掘が加速します。こうなると負のスパイラルとなり、例えそこを人が歩かなくなっても洗掘は止まりません。

サステナブルな利用のあり方を考えてみませんか

自然に囲まれて、自然に触れ親しむアクティビティは、人の心をとても豊かにし、また自然の大切さも感じさせてくれます。しかし、自然の中でそう感じているその瞬間も足元を見てみると、名も無い草花が踏まれている……。どうしたら良いのでしょう?
「山に入らない」「自然と隔絶する」…そうすれば、人間による環境負荷は無くなりますが、自然から学べる様々なことを享受できなくなります。自然には僅かな負荷であれば自己修復できる復元力があります。問題は自然の修復能力を超えた利用で、自然への負荷が過剰になる、いわゆるオーバーツーリズムです。
オーバーツーリズムへの対策、サステナブルな利用のあり方の答えは一つではありません。
例えば、私は海外でもトレッキングをしたことがありますが、カナダで私が訪れた場所は完全に人間の生活圏とは隔絶されていて、トレッキングで域内に入れる人数も1日十数人に限定され、特に大切なエリアでは登山道は無く、トレッキングで入った人たちも一列になって歩かず、バラバラに別れて歩くことが求められます。踏圧の分散です。また、ニュージーランドで私が訪れたトレッキングルートでは、レンジャーの方がルート上にあって躓きの原因となりそうな岩をハンマーで砕いて通りやすくしていました。その代わりルートを外れて自然の中に入ることは厳しく注意されます。その土地の事情に合わせた中で、最適な保護と利用の在り方を模索していく事が必要です。
サステナブルな利用を一緒に考えていきませんか
日本もひと昔前は、登山やハイキングなどのいわゆる登山者の人たちばかりでしたが、今はトレイルランニングの人たちや場所によってはMTB(マウンテンバイク) などの利用者もいます。まずは、それぞれの立場の利用者の皆さんが『自分ごと』と捉えて、自然に対して謙虚な気持ちで向き合い、自然の状況により注目しながら利用していけたらと思います。
また、チャンスがあれば、「トレイルの補修」という取組みについてもご紹介したいと思っています。
お楽しみに