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関東地方環境事務所

アクティブ・レンジャー日記 [関東地区]

狼信仰の神社

2025年06月18日
奥多摩 山村源
秩父多摩甲斐国立公園の特徴の一つは、火山が存在しないことです。
日本の国立公園のうち、山を中心としたものの中では珍しいと言えますが、そのため多くの山が古くから人々の生活を支える恵みをもたらしていたという面もあり、山とともに生きてきた人々が長年にわたり育んできた独特の民俗文化、山岳信仰などが現在まで息づいています。

今回は、秩父多摩甲斐国立公園の中でも特徴的な神社を訪れる機会がありましたので、その時の様子をお伝えします。
 

●武蔵御嶽神社 日の出祭

令和7年5月8日(木)、東京都青梅市にある武蔵御嶽神社の「日の出祭」に参列しました。
日の出祭は、御師(参拝者の世話をするほか、各地へ信仰を広める役割を担った神職)集落を形成していく山伏の集団入峰式がその発祥とされる、中世より続く武蔵御嶽神社で最も格式の高い祭祀です。
「日の出祭武者行列」としている資料もあり、その名のとおり勇壮な武者の行列が、ケーブルカー御岳山駅前広場(御岳平)から御岳山頂にある本殿・拝殿まで進んでいく様子は圧巻です。
御岳山山頂に到着したら、一般参列者と共に本殿を三周して一年間の無病息災を祈願します。
 
(御岳平での儀式)
(武者行列の本殿周回)
なお、日の出祭は明治三十年代までは山開き、あるいは陽祭等と称したとされていますが、現在においては山開き式等の性質のものではありません。
 

●奥秩父山系山開き式

令和7年6月1日(日)、埼玉県秩父市大滝の霧藻ヶ峰で開催された「奥秩父山系山開き式」に参加しました。
こちらは秩父宮会と秩父山岳連盟が開催している山開き式で、霧藻ヶ峰の秩父宮両殿下レリーフ前で執り行われます。
関係者からの挨拶、神職の方による祈祷の後、参加者全員で切麻(きりぬさ)を撒き登山者の安全を祈願しました。
 
(山開き式)
(自然保護官の玉串奉奠)
関係者の方からは、近年の山岳遭難の状況や実質的な対策などもお話しいただき、秩父の山を守る人々の熱意をとても心強く感じました。

山開き式の後、秩父三峯神社を巡視しました。
秩父三峯神社周辺は、自然公園法に規定する集団施設地区に指定されています。
 
(三峯神社奥宮)
(奥宮への登山道、階段・鎖場注意の標識)
この日は晴れた週末ということもあり、観光客など多くの方でとても賑わっていました。
妙法ヶ岳の三峯神社奥宮まで足を伸ばす方も多く見られましたが、奥宮へは岩場や鎖場もある登山道を歩く必要があります。登山靴などの歩きやすい靴でお越しください。
 

●狼信仰の神社

さて、武蔵御嶽神社と秩父三峯神社は秩父多摩甲斐国立公園内にある神社の中でも特に有名なものと言えますが、この2つの神社にはある共通点があります。

それは、狼を信仰する神社であるという点です。
武蔵御嶽神社では「大口真神」として、秩父三峯神社では神の使いである「御眷属(ごけんぞく)さま」として、現在まで広く信仰されています。
 
(秩父三峯神社の狼像)
この地域では、古くから人々が山とともに生きてきました。かつては狼(ニホンオオカミ)も生息しており、森林や農作物を荒らす鹿や猪を追い払ってくれる益獣として信仰されるようになったと言われています。
関東一円の山岳信仰について丁寧にまとめた『オオカミの護符』という本で、著者が武蔵御嶽神社の「大口真神祭」について宮司の方に話を聞いた内容が記載されていますので引用します。

さっそくこの神事について御嶽神社の金井國俊宮司に話を聞いた。金井宮司は「大口真神はニホンオオカミである」と、はっきりと語った。
(中略)
オオカミは各地の山村で今、まさに大きな問題となっているイノシシやシカなど獣害を引き起こす動物たちを捕食し、農作物を守ってくれたのだという。このことからお百姓に神と崇められてきたのではないかと金井宮司は続けた。



現在ではニホンオオカミは絶滅したとされていますが、一方でシカなどによる森林や農作物への被害は深刻なものとなっており、各地の国立公園では対策に追われている状況です。
(三峯神社付近 樹木保護のネット)
(雲取山荘付近 防鹿柵)
昔の人々は、恵みをもたらしてくれる山を守るものとしても狼を信仰していたのかもしれません。


現在では武蔵御嶽神社と秩父三峯神社は、全国でも有数のパワースポットとして人気を集めています。山が中心の秩父多摩甲斐国立公園ですが、登山をしない方でも気軽に訪れることができる魅力的な場所も多くあります。
ぜひ、皆様も本国立公園にお越しいただき、色々な楽しみ方を見つけていただければと思います。


国立公園に、行ってみよう! | 環境省
環境省では、全国の国立公園の魅力や楽しみ方をまとめたサイトを公開しています。
こちらも参考にご覧ください。


参考文献
西海賢二『武州御嶽山信仰』岩田書院(2008)
三峰神社誌編纂室『三峰神社誌 民俗篇第二分輯』三峰神社社務所(1972)
小倉美惠子『オオカミの護符』新潮社(2014)
青柳健二『新編オオカミは大神』イカロス出版(2024)