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関東地方環境事務所

アクティブ・レンジャー日記 [関東地区]

国立公園指定75周年

2025年07月15日
奥多摩 山村源
早いもので、奥多摩自然保護官事務所で勤務を始めてから三ヶ月が過ぎました。
短い期間でも数多くの方と関わることができ、国立公園行政が多くの方に支えられていることを実感し感謝するとともに、この魅力ある場所で仕事ができることをとてもありがたく感じています。
 
そんな多くの方に支えられている秩父多摩甲斐国立公園は、昭和25年7月10日に国立公園に指定され、この度75周年を迎えました。
 

●75周年トークセッションイベント

周年記念日である令和7年7月10日(木)、本国立公園に縁が深い関係者の方々と共にその魅力や未来について語り合うトークセッションイベントが開催されました。
本イベントは、本国立公園を支えていただいている団体のひとつである秩父多摩甲斐トレイルアソシエーションが主催し、自然環境・歴史文化・アクティビティ等の様々な視点から本国立公園の価値・魅力を再確認し、健全な利用と保全の形を模索することを目的として実施されました。
 
(自然保護官と東京都レンジャーさんのトークセッション)
イベントでは、国立公園の概要や管理等についての他、この地域に関する歴史や文化、ハイキング・クライミング・トレイルランニング目線での魅力紹介についてなど、幅広い視点からのトークセッションが行われました。
その道を長く牽引してこられた方や、日本全国を舞台に様々な活動されている方などからの秩父多摩甲斐に対する熱い思いが語られ、とても充実した時間を過ごすことができました。
 

●秩父多摩国立公園?

さて、上記のイベントでも語られましたが、本国立公園の指定当初の名称は「秩父多摩国立公園」でした。
最初は「甲斐」の名称はなかったのです。
 
(まれに旧名称の看板も見かけます)
本国立公園は埼玉県・東京都・山梨県・長野県の1都3県から構成されていますが、この中で最大の面積を有するのは山梨県です。
にもかかわらず、「秩父多摩国立公園」の名称では埼玉県と東京都の印象が強く、山梨県域が適切に反映されていないということなどから、昭和62年頃から山梨県を中心に名称変更の動きが活発になり、様々な議論を経て平成12年に現在の名称に変更されました。

秩父多摩国立公園の公園区域及び公園計画の変更並びに「秩父多摩甲斐国立公園」への名称変更に関する環境庁告示について | 報道発表資料 | 環境省
 
ここまでは知っている方も多いと思いますが、「秩父多摩甲斐」以外にも名称変更の候補があったことをご存じでしょうか?
 
名称を変更する前の平成10年に、長野県から「千曲川源流部など長野県域をイメージする名称も追加してほしい」との要望がなされました。
その後、山梨県から「秩父多摩甲斐国立公園」、長野県から「秩父多摩甲信国立公園」及び「秩父多摩甲斐佐久国立公園」の三つの案が候補として挙がりました。「甲斐」も「甲信」も名称の表現性や地域のイメージでは甲乙つけがたいとの意見も出されましたが、議論の末、最終的には現在の名称になりました。
 

●長野県域の魅力

長野県が秩父多摩甲斐国立公園に占める面積は8%程度ですが、本国立公園の中でもこの地域は独特の魅力に溢れています。
先日、令和7年6月19日(木)に長野県川上村の廻り目平・毛木平・三国峠を巡視しました。廻り目平に向かう道からは高原野菜の畑が一面に広がる上に屋根岩の切り立った山容を望むことができ、また毛木平の近くではベニバナイチヤクソウの群生も見ることができました。
 
(屋根岩の山容)
(ベニバナイチヤクソウ)
平日にもかかわらず廻り目平・毛木平とも多くの人が訪れていましたが、本国立公園内の他の場所ではあまり見られない独特の風景や植物が来る人の目を楽しませてくれています。
クライミング天国と言われる小川山、日本百名山の甲武信ヶ岳や金峰山などが有名な地域ですが、落ち着いて自然の中に身を置いて過ごすのもお薦めの場所です。
 
 
自然公園制度も、国立公園の名称も、様々な議論を重ねて人が作ってきたものです。名称変更の推移を見ると、地元に愛着のある方々が活発に議論されてきたことが伺えます。また、現在においても多くの方々が愛着をもってこの地域を支えてくださっています。
 
5年後の80周年、そして将来の100周年に向けて、いつまでも人々に愛される国立公園であることを願っています。
 
 
参考文献
環境庁自然保護局国立公園課 「「秩父多摩国立公園」の公園区域及び公園計画の変更(再検討)並びに「秩父多摩甲斐国立公園」への名称変更について」 『国立公園』 第587号(2000年10月)