アクティブ・レンジャー日記 [関東地区]
南アルプスとニホンジカ問題 その2
2019年11月28日みなさん、こんにちは。
南アルプス自然保護官事務所の本堂です。
さて、前回の「南アルプスとニホンジカ問題 その1」に続き、今回ニホンジカがどのような被害を及ぼしているかについてお伝えしようと思います。
平成29年度の全国の鳥獣による農作物被害総額は約164億円、そのうちニホンジカによる被害額は約55億円にのぼります。約55億円と聞いてすでに驚きですが、これでも前年度より約1億円減少しています。
(農林水産省よりhttp://www.maff.go.jp/j/seisan/tyozyu/higai/h_zyokyo2/h29/181026.html )
ニホンジカによる主な被害
■綺麗な高山植物が見られなくなる!?
先端がなくなっているのにお気づきでしょうか?左は北岳、右は易老岳で撮影しました。高山植物は融雪後、短い期間で発芽・展葉・開花、そして結実します。ニホンジカにとって、発芽直後や葉を付けた直後が1番食べ時のようで、この時期に採食されると、結実に至らない可能性が高くなります。高山植物の多くは多年草(同じ株から何年も枯れずに花を咲かせ続けることのできる植物のこと)ですが、結実し、種子ができないとなると種子を生産できなくなってしまい、やがて消失します。私たちが安全に登山できる時期には、茎だけが残り、開花している高山植物に出会うことができなくなってしまいます。
右の写真は有毒でニホンジカが食べないとされているバイケイソウです。先端がなく、上部の葉は茎に近いところまでなくなっています。最近では、ニホンジカが食べないとされている有毒の植物にも食痕が見られています。
■樹木を傷つける
前回の記事で¨ニホンジカは樹皮も食べてしまう¨とお伝えしました。写真は夜叉神峠です。1週間前の巡視では樹皮がついていたのに、この部分だけ綺麗さっぱりなくなっていました。このように樹皮が食べられた樹木はやがて枯れていきます。枯れて、根に元気がなくなり保水力が保てなくなると、大規模な土壌流出の恐れがあります。ニホンジカは樹木を食糧としているだけでなく、繁殖の時期になわばり争いをするオスたちが角を磨くために角を樹木に擦りつけて、剥がしてしまいます。
■土壌の流出
植物を食べ尽くしたニホンジカは落ち葉も食べるようになります。すると、地面が剥き出しになり、土壌が流出します。急峻な斜面ほど起こりやすいですし、地下浸透の機能もなくなってしまいます。強雨時は山の中腹から一気に崩れることもあります。裸地化した森林は再生がとても難しいです。
■生物多様性の低下
ニホンジカの食害により、まず、種類と植物が森林を多く面積が少なくなってきます。やがて、ニホンジカが好まない植物だけが残るようになります。
この写真は聖岳の薊畑というところです。ニホンジカの食害が出る前はお花畑が一面に広がっていましたが、今ではマルバタケブキが繁茂しています。(一部、防鹿柵で設置している区域もあります)
ニホンジカが食べない植物が残り、樹皮が剥がされ樹木がなくなっていくと植物の種類が単純になってきます。有毒の植物も食べ始めている今、植物の単純化どころか裸地化が進んでいる地域もあります。土壌が流出するとその場所で生活していた他の動物の居場所もなくなってしまいます。大型動物のえさとなる動植物も少なくなり、とても棲みにくい環境になってしまいます。
ニホンジカが増えている理由として、耕作放棄地の増加、狩猟者の減少が挙げられます。農村から人々が少なくなり、草食獣にとって無法地帯になってしまったことも大きな原因です。
街では大きな被害は見られないですが、里山や高山では上記以外にもさまざまな被害が見られます。
次回は全国各地で被害が確認されている中、3,000m級の山々が連なる南アルプス国立公園ではどのような対策を行っているのかお伝えしたいと思います。