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関東地方環境事務所

アクティブ・レンジャー日記 [関東地区]

富士山麓のロードキル問題について一緒に考えてみましょう。

ロードキル問題について

2023年02月28日
富士五湖 半田尚人
~ この記事では、野生動物の死骸の写真が含まれます。ご注意下さい ~

こんにちは。富士五湖管理官事務所の半田です。
さて、皆さんは「ロードキル」という言葉を聞いたことはありますか? ロードキルとは、車に轢かれたり、溝にはまったりするなど、野生動物が道路による影響で死んでしまうことを言います。
思わず目を背けたくなる、とても痛ましい惨状ですが、ここ富士山麓でも実際に起きているのが現状です。私も河口湖周辺に移り住んでから幾度かロードキルの現場に遭遇し、とても悲しい気持ちになりました。この事実を少しでも多くの方に知って頂き、ロードキルを減らすことができないか。そんな気持ちから今回、「ロードキル」をテーマに取り上げることにしました。

タヌキのロードキル (6月 軽水林道にて)               (山梨県 富士山レンジャー提供)
テンのロードキル (9月 本栖湖周辺にて)               (山梨県 富士山レンジャー提供)

富士山麓でのロードキルの実態

しかし、私自身もロードキルの実情をよくは知りません。そこで、富士山麓全域で9年近くロードキルの調査や撲滅のための様々な活動をしている、環境ボランティア団体「富士山アウトドアミュージアム」代表の舟津宏昭さんにお話を伺いました。
ロードキル被害マップ (提供: 富士山アウトドアミュージアム)
上の図は、2014年5月から2021年10月までの期間に富士山麓で発生したロードキルの現場をプロットした地図を北麓側から見たものです。まず、その点の多さとその点が連なって富士山麓を取り囲む幹線道路の形になっている事に驚かされます。7年半ほどの間に1,000件以上、2日半に1件は富士山麓のどこかでロードキルが発見されている計算です。でも実際には通報が入らずに処分されてしまっているケースや小動物等はカラスなど他の動物によって持ち去られたり、大型の動物だと道路では死なずにその場を脱して森の中で絶命するケース(森の中で発見された動物の死骸は死因の特定が困難)もあり、これはあくまでも氷山の一角です。
 
ロードキルは増加傾向なのでしょうか?
直近で見ると発見件数はコロナの影響で減っています。それは交通量自体が減って動物と接触事故を起こす確率が減ったこともありますが、人が出歩かなくなったことによって第三者が現場を通りかかるまで時間が掛かり、その間に前述のように死骸が持ち去られたりして発見に至らないケースが増えているからです。Withコロナに向けた動きが進むなか、大型バスによるマスツーリズムより、むしろキャンプなど個人・家族・グループでの移動が増える傾向にあり、今後一層ロードキルの心配が広まりそうです。
 
どのような動物が被害となっているのでしょうか?
先の被害マップの上の方に発見された動物が多い順に並んでいますが、一番多いのはニホンジカ、次いでタヌキ、三番目は不明です。不明というのは原形を留めないくらい損傷が激しく、体の部位をカラスなどが持ち去るなどして判定できなくなったり、あるいはバンパーなどに動物が当たった跡は確かに残っているけれど、ぶつかった動物は既にいなくなっているなどのケースです。
そして意外なことに鳥類などもロードキルに遭っています。空を飛べるのに何故? 車が法定速度を守らずに猛スピードでやって来て、飛び立っても逃げ切れないケースもありますし、フクロウなどの猛禽類は森から道路を隔てた反対側の草原にいる獲物に狙いを定めて飛び立つ時、注意を狙い一点に集中させ周囲の音も耳に入らないので、迫り来るトラックに気付かず道路を横切る瞬間にはねられてしまうというケースもあります。
 
また長期間に渡って調査し続けた結果、その動物の個々の生息域や動物たちのライフサイクルによってどの辺りではいつ頃どんな動物がロードキルに遭うことが多いかと言った情報が見えてきました。例えば、国道139号線の富士河口湖町・鳴沢村近辺ではニホンジカのロードキルが多いですが、特に春には妊娠して身重になったシカが素早く逃げることができずに犠牲になるケースが多いです。忍野村方面や御坂山塊の麓付近ではタヌキやテンなどのロードキルが多いですが、春には冬眠明けだったり疥癬(かいせん)という病気にかかり動きが鈍くなっているタヌキが、夏から冬にかけては森のエサが不足して活動範囲を広げるテンが犠牲になるケースが多くなります。このように一口にロードキルと言っても、その地域の動物たちのライフサイクルと密接に関係し様々なのです。
 

 

ロードキル対策の3つの柱

ロードキルを防ぐ手立ては何か無いのでしょうか。自然豊かな観光地は、言い方を変えれば野生動物の生活圏と人間の生活圏が交錯する場所。幹線道路が森を分断すれば、エサを求めて移動する動物たちには大きな障壁となり、また近親交配しかできないと種の劣化にも繋がります。
海外の野生生物保護の先進国では、大規模な橋やアンダーパスなど ”アニマルパスウェイ” を造って大型野生動物が自由に通れるようにする対策が取られているところもあります。日本でもリスなど小動物が利用できるものの設置事例が徐々に増えていますが、アニマルパスウェイはその地域の動物の導線をよく調べ、設置しなければならず、費用の問題も含めて様々なハードルがあり、十分に整備することはなかなか難しいと考えます。
 
ロードキルについてお話を伺った「アウトドアミュージアム」の舟津さんは、主に3つを柱に活動しているそうです。1つ目は『情報発信』。地域の事情に詳しくない他地域からの利用者に対して、富士山麓のレンタカー会社と連携して、この時期はどの辺りでロードキルのリスクが高いか、具体的な情報を伝えて注意を呼び掛けています。2つ目は『ドライバーへの啓発』。先のレンタカー会社との協働での活動はもちろんですが、将来のドライバーとなる地元の高校生たちにも、特別授業で「ロードキル問題」を伝え、どんな事ができるか一緒になって考えたりする活動もしています。その中で、高校生が自ら考えて、ロードキル撲滅のポスターを作成してくれたりもしました。舟津さんは地元の学校で「ロードキル」の話をしに行くとき、必ずこのポスターを携えて行くそうです。森の中に『お邪魔します』という謙虚な心構えでハンドルを握る人を増やすことが何よりも大切だと考えています。
 

 
高校生が作成したロードキル防止ポスター (提供: 富士山アウトドアミュージアム)
 
3つ目は『技術革新』。舟津さんは技術者の方々と連携して、人間には聞こえないが鹿の嫌がる “忌避音” を発生させる車載装置「鹿ソニック」を開発。実証実験でも効果が確認され、既に市販されています。地道ですが着実に成果を上げています。

 
鹿に忌避音を発する鹿ソニック (提供: 富士山アウトドアミュージアム)
また、9年におよぶ蓄積データとAIを活用して、カーナビで「工事情報」などがタイムリーに告知されるような感覚で、走行地域、季節、時間帯などの情報から「ロードキル多発区間」などを告知できるしくみはできないか模索したりしています。
ちなみに私自身もやっている対策があります。道が空いていて自分が先頭を走るときは、ついスピードを上げたくなりますが、動物の飛び出しを想定して、スピードを緩めて走ったり、また夜間に森林の近くを運転するときはヘッドライトをこまめにハイビームとロービームを切り替えながら走行することで光をチカチカさせ進路方向にいる動物たちに車の存在に気付かせるようにしています。これは誰でもできる、すぐにでも実行できる対策だと思います。ぜひ皆さんにも、このような運転を心掛けてもらえたらと思います。
 
ニホンジカ (6月 富士ヶ嶺にて)
最後に舟津さんはこんな事もおっしゃっていました。
ロードキルの話をすると、「動物たちがかわいそう!」と被害に遭う動物ばかりに意識が向きますが、接触事故を起こしてしまったドライバーも轢きたくて轢いているわけではなく、車も傷付きますし、心も傷付きます。せっかくの旅の楽しい思い出も、この一瞬で台無しになってしまいます。
「森にお邪魔します」の謙虚な心構えでハンドルを握り、スピードを控えめに抑えることで、地域に暮らす野生動物たちをロードキルの危険から守り、代わりに自然の魅力を十二分に戴いて、楽しい思い出と共に家路に着いて欲しいのです。
 
そうですね。私も富士山麓でのヒトと野生の関係はそうでありたいと心から願っています。今回、ロードキルの現状について貴重なお話を伺うことができ、大変勉強になりました。
 


富士山アウトドアミュージアム