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関東地方環境事務所

アクティブ・レンジャー日記 [関東地区]

富士山麓 本栖草原を舞台に子供たちと自然観察会を催しました。

富士山麓自然観察会 (in本栖草原)

2023年10月19日
富士五湖 半田尚人
こんにちは。富士五湖管理官事務所の半田です。
皆さんは草地や草原に出掛けたことはありますか? 公園やキャンプ場のような芝生の広場ではなく、自然の草が生い茂り、蝶をはじめとした昆虫たちの住処となっている草原です。「昔、子供の頃は虫取り網を片手によく出掛けたけど、今は草地や草原なんて近くに無いよなぁ」そんな声も聞こえて来そうです。
100 年前まで、草地は堆肥や牛馬の飼料、屋根の材料を得る場所として、日本の国土の 10%以上を占めていました。しかし、近代化によって草地は利用されなくなり、人工林に転換したり、管理が放棄されて天然林に変わった結果、現在では草地は国土の 1%を占める程度になっています。その結果、草地に依存する多くの生物が住処を失っているのです。(*1)
毎年、「山に親しむ機会を得る中で恩恵に感謝する」という主旨で「山の日」に関連するイベントを富士五湖管理事務所でも開催していますが、今年は「ぜひ、草原と草原に生きるいきものに触れてもらいたい。それも未来を担う子供たちにぜひ体験してもらいたい」そんな想いから、テーマを「草原」にして子供たちを対象に自然観察会を開きました。

 

本栖草原ってどんなところ?

富士五湖周辺 概念図
環境省では、様々な命を育む豊かな里地里山を、次世代に残していくべき自然環境の一つであると位置づけ、「生物多様性保全上重要な里地里山」(500箇所) を選定していますが、その中の一つが富士北麓、富士山北西部に広がる本栖高原の草原です。標高 約985mで広さ約 50ha。東京ディズニーランドが約51haなので、東京ディズニーランドとほぼほぼ同じくらいの広さです。

いざ本栖草原へ!

9月24日(日) 朝、環境省の生物多様性センターに元気いっぱいな子供たちが集まってくれました。総勢18人。いざ本栖草原へ出発です。
環境省 生物多様性センターで開会
本栖草原の入口、逢坂(おうさか)林道のゲート前に到着。ここからゲート内に入り、徒歩で自然観察開始です。ここからは、蝶の研究で著名な理学博士で元富士山科学研究所研究員の北原正彦先生、同じく元富士山科学研究所研究員で現在は桜美林大学リベラルアーツ学群准教授の大脇淳先生 の二人の先生に付き添って頂き、年長組と年少組の2班に分かれます。まずは、虫取り網と観察用の虫眼鏡を受取り、虫取り網の使い方を教わります。サッと網ですくうように昆虫を中に入れたら、クルッと棒を回して出口を塞げば良いのですが、ついつい気持ちが先行して要領よく捕まえることができません。それでもみんな夢中になって捕っていると、チョウやカマキリなどを捕まえる子も出て来ました。
 
本栖草原にて
捕まえたら、先生に見てもらいます。班のみんなも集まって先生の解説に興味津々(きょうみしんしん)。捕まえた昆虫がどんな昆虫なのか、他の種類との違いや見分け方などについて教えてもらいます。でもビックリなのは子供たち。昆虫大好きで図鑑をたくさん読み込んでいて、カマキリのオスとメスの見分け方とか、本当に物知りです! 虫好きで元気いっぱいな子供たちに囲まれて、先生たちも嬉しそうです。
なお、今回は捕まえて観察が終わった昆虫は全てその場で放してもらいました。

草原で暮らす多様ないきものたち

ウメバチソウ
ミドリヒョウモン♀
私たちが本栖草原を訪れた9月下旬には、アザミやタチフウロ、ウメバチソウなどが花を咲かせ、ヤマラッキョウなどは蕾を付けていました。
これらの花の周りには蜜を求めて蝶が集まって来ます。蝶と一口に言ってもミドリヒョウモンやウラギンヒョウモン、イチモンジチョウ、ウラナミシジミ、キアゲハ、キタキチョウ等々、実に様々な種類がいます。また花には蝶だけでなく、蜜や花粉を目当てにハナムグリなど、蝶以外の昆虫もやって来ます。花々にとっても彼らは皆、花粉を運んでもらう大事な担い手。共生の関係にあります。
そしてそんな虫たちを狙ってカマキリやトンボなど肉食の昆虫もやって来ます。草原があることでこれらの生態系が保たれています。
ウラナミシジミとハナムグリ
シオカラトンボ
ところで、本栖高原に位置するこの草原では春・夏・秋と通じて多くの昆虫と出逢えますが、標高が低い場所の草原では、夏の暑い時期だと逆にあまり逢えなかったりします。それは何故でしょう?森などに生きる昆虫と違って、草原に生きる昆虫は夏の強い日差しと暑すぎる空気に晒されて体力を消耗してしまいます。これらの昆虫たちの中には、夏の暑さや乾燥などに耐えられるように身体の発育や代謝を一時的に中断させる、「夏眠(かみん)」を取るものがいるのです。冬の”冬眠”は聞いたことがあるけれど、夏の過酷な暑さをやり過ごすため”夏眠”というのは初めて知りました。
 
さて、草原の中をいっぱい歩いて、たくさん昆虫たちを観察して、お腹ペコペコです。みんな、持って来たお弁当を広げてランチにしましょう。自然の中で食べるランチは格別に美味しいです!
 
草原で気持ち良くランチ

富士山科学研究所の特別エリアを見学

ランチが終わったら、午後の観察に出発します。普段なかなか入れない本栖草原ですが、その中でもさらに特別なエリア、富士山科学研究所の観察保護エリアに入って見学をしました。ここはシカの食害と草原維持のための草刈り・伐採が植生の維持にどう影響するかを検証するために、①防鹿柵あり・草刈りなし ②防鹿柵あり・草刈りあり ③防鹿柵なし・草刈りなし ④防鹿柵なし・草刈りあり と4つの区画に分けて継続的な観察をしているエリアです。
「草原維持のための草刈り・伐採」と先に書きましたが、草原は人が手を入れて灌木などを伐採しないと、草原→灌木→森林(針葉樹・広葉樹) と段々と森に遷移していき、結果として草原が失われてしまいます。昔の日本は茅葺き屋根の家が多かったり、草原と森それぞれから自然の恵みを得ていたので、里山として人が手を入れて維持してきました。草刈り・伐採もその一つです。しかし人々の生活の近代化と共に草原から恵みを得ることが少なくなり、代わりに木材を得るために植林をしたり、管理が放棄されて天然林と化したりして日本の草原は減少の一途を辿っています。
しかし、観察保護エリアの4つの区画で花々を観察してみると、草刈り・伐採のある・なしの差はごくわずかで、防鹿柵のある区画では、オミナエシなど草原で咲く花々が咲いていました。逆に防鹿柵の無い区画では、草刈り・伐採があってもなくても、花はほとんどありません。シカに食べられてしまっているのです。つまり、草原の維持には、草刈り・伐採は確かに必要ですが、それ以上に「シカの食害から守る」ということが必要なのです。
防鹿柵あり草刈りなし区画
防鹿柵なし草刈りあり区画
オミナエシの黄色い花
しかし、シカもただ必死に生きているだけ。決して「悪者」というわけではありません。日本各地で様々なシカの食害問題はありますが、生態系のバランスを崩している一因は人間にもあり、とても難しい問題です。

草原の魅力・大切さを学べた今回の観察会

いかがでしたか? 少し難しい話を書いてしまいましたが、子供たちには、草原の中で様々ないきものたちと出逢ったワクワク感や楽しかった思い出が残れば、それで十分と思っています。何年か経った後に思い返してみて、その時分からなかったことが後で分かったり、草原の大切さや多様な生物が生きる環境の大切さに気付いてくれたら最高と思います。もし、子供たちの中から将来大人になって昆虫博士や環境問題に取り組む人たちが出て来てくれたら、と思うと今からワクワクします。
 
最後に北原先生や大脇先生、さらには本活動にご理解を頂き、貴重な観察保護エリアを開放して下さった富士山科学研究所、事務局を務めて下さった富士山アウトドアミュージアムのスタッフの皆さま、そして何よりもこの観察会に参加してくれた子供たちのみんなと活動を理解して温かく送り出して頂いた保護者の皆さまに感謝申し上げます。ありがとうございました!
富士山をバックにみんなで記念撮影
なお、イベントの開催にあたっては、県有林の入山許可や必要な手続きを取っています。
 
注) 参加者の方々のプライバシー保護の観点から画像には加工を施しています。ご了承下さい。
*1…出典: 国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所 論文「森林の国における過去 10 万年の草地の歴史の遺伝的再構築:生息地に特化した草本植物の集団動態」(2019年5月29日 Biology Letters 誌)より